
波田野 節子
(新潟市出身)
県立新潟高校・青山学院大学文学部日本文学科卒業
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新潟県立大学教授
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東京外国語大学・大阪大学兼任講師
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NHKラジオまいにちハングル講座応用編講師
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新潟大学フランス語兼任講師(〜2005年)
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目次
所属している学会と研究会
これからの仕事
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準備完了 |
「ウィドウソンの文体論による試み」野間秀樹編著『韓国語教育論講座第二巻』(くろしお出版)近刊 |
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準備中 |
『日本留学体験作家に関する研究』白帝社 |
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執筆中 |
新書『李光洙評伝』 |
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構想中 |
「李光洙」『東アジアの知識人』第3巻 |
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夢想中 |
北朝鮮の現代小説研究 |
仕事の中味
著書 |
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くろしお出版 2008年1月 共著 |
編著:野間秀樹 波田野は「文学テクストをどう訳すか―実践的翻訳論―」と、「『滄浪亭の記』で読む歴史と文化―文学からの接近:小説、何を読むか―」の2つを担当した。 |
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2.<無情>を読む―<無情>の光と影
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ソミョン出版(ソウル) 2008年2月 |
1990年から1995年までに発表した李光洙に関する研究論文と明治学院大学での講演をまとめて韓国のソミョン出版から刊行した。翻訳:崔珠瀚(チェ・ジュハン) |
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白帝社 2008年9月 |
韓国でソミョン出版から刊行した『<無情>を読む―<無情>の光と影』の日本語ヴァージョン。韓国語版には入っていない論文「獄中の豪傑たち―洪命憙と李光洙が東京で共有した世界」を入れてある。 |
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明石書店 2009年11月 共著 |
「油谷幸利先生還暦記念論文集」で、韓国と日本の朝鮮語学・文学・歴史研究者の26本の論文が収められている。波田野の論文「朝鮮近代文学者の日本留学―韓末の三つの波―」は、韓国の開国から併合までの日本留学を3期に分け、それぞれの時代に来日してのちに文学作品を発表した人びとについて考察したものである。 |
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ソミョン出版(ソウル) 2011年5月 |
韓国から日本にわたった初期留学生の流れを概観し、これまで行なってきた李光洙・金東仁・洪命憙三人の作家についての個別研究を収めた。資料編として、留学生たちの大学学籍簿をいれてある。翻訳:崔珠瀚 |
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6. |
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査読論文 |
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1990年7月「朝鮮学報」136輯 pp.61-129 |
朝鮮近代文学の嚆矢とされる李光洙の長編『無情』研究の前段階として、作家の幼年時代から明治学院中学留学時代、朝鮮での教師時代そして早稲田大学留学時代を、作家の回想録と作品から考察し、李光洙の思想には明治の日本思潮の底流であった社会進化論の影響がみられることを指摘した。
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2.李光洙の自我 |
1991年4月「朝鮮学報」139輯 pp.71-101 |
副題「作品を通して見た李光洙の第一次留学時代の世界観」。『無情』研究の準備として書いた論文である。明治学院中学留学時代に書かれた詩・小説・論説を整理して李光洙の自我覚醒の様相を考察し、その文学の本質が浪漫的民族主義にあることを指摘。本論文は韓国の論文雑誌「民族文学史研究」第5号(創作と批評社)に翻訳転載された。
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3.獄中豪傑の世界 |
1992年4月「朝鮮学報」143輯 pp.57-107 |
副題「李光洙の中学時代の読書歴と日本文学」。李光洙の中学留学時代の読書歴を具体的に調査して初期の世界観を再構築することを試みた。日清・日露戦争のはざまにあった日本の危機意識は文学にも反映し、李光洙のみならず同時期にアジアから留学していた魯迅・洪命憙など文学者達に、さまざまな形で影響を与えていたことも指摘した。
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1993年7月「朝鮮学報」148輯 pp.33-100 |
主タイトルは「ヒョンシクの意識と行動にあらわれた李光洙の人間認識」。『無情』の前半部における主人公の不可解な行動が、無意識の欲望から発したものであることを分析した。早稲田大学哲学科に在学中の作者は、フロイトの精神分析やベルクソンの生哲学を念頭におきつつ、故郷や妻子をすてて留学してきた自身の行為を、主人公を通じて作品化したと思われる。
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1994年7月「朝鮮学報」152輯 pp.55-108 |
主タイトル「京城学校でおきたこと」。同僚との権力闘争に破れ、学生たちとの自我確執に疲れて京城学校を去る『無情』の主人公の姿は、故郷の五山学校での現実生活に疲れはてて第二次留学という形で故郷を出てきた作家自身を投影していると分析した。李光洙はやがて他人をいかに動かすかという問題と格闘しながら植民地でのオピニオンリーダーとなっていく。
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1995年10月「朝鮮学報」157輯 pp.53-133 |
主タイトルは「ヨンチェ・ソニョン・三浪津」。民族への奉仕に人生の目的を見いだす『無情』の主人公の姿を通して、新しい世界観構築をめざす作者の生き方をあきらかにした。同時に「民族」という大義名分のもとに個人間や近代的恋愛にともなう自我葛藤を解決してゆく作家の前近代性をも指摘した。
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7.『狂画師』再読 |
1999年10月「朝鮮学報」173輯 pp.87-133 |
副題は「あらたな解釈の可能性およびイメージの源泉について」。金東仁の代表的短篇『狂画師』を分析し、彼が書いた創作論との関連および少年時に愛読したイギリス小説『エイルヰン物語』からの影響を指摘して、あらたな解釈の可能性を提示した。
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2005年4月「朝鮮学報」195輯 pp.89-141 |
12年間にわたって新聞連載された歴史小説『林巨正』が未完に終わったことと主人公の人間像が前後で変化している原因を追究し、政治運動で逮捕された作者が収監後にとった方針の転換が小説の流れの「不連続性」を生み出し、1932年に復刻された『朝鮮王朝実録』を作家が材源にするようになったことが作品の「未完性」の要因となったと論じた。 |
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2006年7月「朝鮮学報」199・200輯合併号pp.191-230 |
新聞連載時の『林巨正』と連載中断後に刊行された単行本とのテキストを対校することで、長期連載のあいだに執筆方針がどのように変わっていったかを追跡したものである。朝鮮王朝実録との整合性のための変更や、考証の結果と思われる修正など、作者の心のゆれと苦心の痕跡が多く残されていた。 |
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(韓国語) |
2009年11月『SAI』7号pp.89-139 |
1998年の科研報告書に掲載した 論文「金東仁の文学に見る日本との関連様相」の韓国語版(チェジュハン訳)を国際韓国文学文化学会(International Association of Korean Literary and Cultural Studies: INAKOS)に投稿し、審査のうえ掲載された。 |
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11,李光洙の第二次留学時代 |
2010年10月「朝鮮学報」217輯pp.1-37 |
副題「『無情』の再読(上)」。李光洙が東京で体験したことが『無情』にどのような形であらわれているかを検証するために、当時の様々な資料を駆使して彼の第二次留学時代を実証的に再現した。結果として、彼が留学時代の最後に書いた「2・8独立宣言」は、それまでの人生の総決算であったことを明らかにした。
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12.創作と体験のあいだ |
2011年1月「朝鮮学報」218輯pp.1-37 |
副題「『無情』の再読(下)」。前論文をふまえて、李光洙の第2次留学中の体験が創作にだおのような形で反映されているかを考察し、羅寰煬Z妹と許英肅ら実在人物が『無情』の登場人物とのかかわりを明らかにした。
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2011年11月『SAI』11号pp.9-30 |
副題「『三京印象記』に書かれていないこと」。1942年に開かれた第1回大東亞文学者大会に参加した李光洙は、中学時代の友人山崎俊夫と再会し、東京にいる間に5回も会っていた。にもかかわらず、帰国後に日本の雑誌『文学界』に発表した紀行文「三京印象記」に彼に対する言及がないことの意味を考えてみた。 |
論文 |
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1992年3月『大谷森繁博士還暦記念朝鮮文学論叢』pp.121-132 |
朝鮮における最初の文学論である李光洙の『文学の価値』を精読して彼の初期文学観をあきらかにした。日韓併合直前の極限状況で書かれたこの文学論は、文学を民族の独立心を鼓吹する武器としてきわめて功利的にとらえている。著書『『無情』を読む』に収録。
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1998年1月基盤研究(C)科研成果報告論文集pp.67-111 |
金東仁自身が自伝小説だとしている作品『女人』の日本に関する部分を実証的に考察した。明治学院中学時代に作者が住んだと思われる下宿の場所を特定。だが藤島武二への師事に関しては、その可能性はほぼありえないと推論した。主人公と日本女性との異常な愛の形にはメトロポリス東京に留学している植民地の青年のアンビヴァレントな感情が現れていると指摘した。報告書に掲載したので審査論文ではなかったが、2009年、韓国学会INAKOSの会誌<SAI>に韓国語翻訳を投稿し、審査を通過して掲載されたので、こちらは番外として審査論文の方に入れる。 |
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2.獄中の豪傑たち |
2002年3月『大谷森繁先生古稀記念朝鮮文学論叢』 pp.206-219 |
副題は「洪命憙と李光洙が東京で共有した世界」。日韓併合の直前に東京留学していた2人は文学を通じて親密に交友した。李光洙が1909年に書いた詩「獄中豪傑」には、このころ2人が共有していた詩的世界―バイロンの反逆精神があふれている。この詩はまた、当時祖国独立の危機を前に追いつめられていた東京の留学生の心情を形象化したものでもあった。著書『『無情』を読む』に収録。
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3.洪命憙の両班論と『林巨正』
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2003年8月ソミョン出版社(ソウル)『韓国近代文学と日本』 pp.465-484 |
洪命憙の両班論から彼の両班観を明らかにし、『林巨正』とのかかわりを考えた。1920年代末の政治的な嵐の中で彼は権力に抵抗する近代的な巨正像を生み出したが、30年代になると事実を重視する歴史小説へと創作手法を変え、そのために大河小説『林巨正』の前後の不連続が生じたと推測した。 日本語バージョンを『県立新潟女子短期大学紀要』第42集に載せた。 |
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4.『無情』のイデオロギー
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2006年3月県立新潟女子短期大学研究紀要No.43 pp.143-147 |
「国際ペンクラブ」韓国本部主催の第12回国際文学シンポジウムでの発表内容を日本語にして整理、加筆したもの。李光洙の『無情』には近代的欲望とそれを否定するアンチ欲望という相反する2つのイデオロギーが表れていることを述べた。著書『『無情』を読む』に収録。 |
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5.『無情』を書いたころの李光洙
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2008年3月県立新潟女子短期大学研究紀要No.45 pp.333-341 |
2007年12月にソウル大学で行なわれた第4回韓国学大学院生国際交換プログラムにおける講演内容を日本語訳して加筆修正したもの。東京で『無情』を書いたころの李光洙の著作と活動状況、および、羅寰烽ニ許英淑の当時の活動状況を年表に作成し、3人の交友関係が『無情』や中篇小説「幼い友へ」にどのような形で反映しているかを考えた。 |
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2009年7月『植民地文化研究』8号pp.21-26 |
2008年7月12日に植民地文化学会で行なった同タイトルの発表内容を整理加筆して論文にまとめた。
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7.
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研究ノート |
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1.上海報告 ―李光洙の上海― |
1995年3月北東アジア地域研究報告書『北東アジア地域の諸問題』pp.105-121 |
1995年におこなった現地調査の報告書。1913年大陸放浪時および1919年2.8独立宣言起草後亡命時の2回にわたる李光洙の上海生活における足跡を調査し、第一次滞在時に住んだと思われる場所を推定した。著書『『無情』を読む』に収録。
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1998年12月新潟大学言語文化研究第4号 pp.131-144 |
本学国際教養学科韓国語コース2年生を対象として1997-8年度におこなった、映画を教材とする語学授業の報告である。映画教材は聴解力・会話理解力養成のほか、異文化理解の促進という面で大きな効果のあることを確認した。 |
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2000年12月新潟大学言語文化研究第6号pp.127-143 |
1906年から1910年までの洪命憙の東京留学はいかなるものであったか、洪命憙の著した「自叙伝」や、友人李光洙と山崎俊夫の文章、洪命憙自身のこの時期の著作等を通して概観した。 |
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2002年1月「科研成果報告論文集」pp.1-14 |
洪命憙が通った東洋商業学校と大成中学校はどこにあり、学校の建物はどのようであり、どんな生徒たちがどんな教師に習っていたのか。学校誌を資料に洪命憙が学んだ当時を再現してみた。 |
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5.県立新潟女子短期大学・国際教養学科・韓国語コースの教育課程 |
2003年3月県立新潟女子短期大学研究紀要No.40 pp.109-123 |
勤務校である県立新潟女子短期大学での韓国語教育の現状を整理した。
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6.東京留学時代の洪命憙 |
2004年3月県立新潟女子短期大学研究紀要No.41 pp.143-152 |
2003年10月に韓国忠清北道槐山で開催された第8回洪命憙文学祭で講演した内容を日本語にして加筆修正したもの。洪命憙の東京留学時代、とくに東洋商業学校予科に補欠入学したさいの事情について詳しく述べたもの。
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7.「李光洙の「民族改造論」とギュスターヴ・ル・ボンの民族進化の心理学的法則」
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2011年『国際地域研究論集』pp.153-156 |
2010年6月25日に慶熙大学国際キャンパスで発表した内容の日本語ヴァージョン。韓国語版は『日本留学生作家研究』に収めてある。 |
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学会発表 |
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1.『無情』における登場人物の心理描写について (韓国語) |
1994年7月朝鮮研究環太平洋国際会議文学部会(神田外国語学院) |
『無情』の女性主人公ヨンチェの意識の流れを追いながら心理描写の分析をおこなった。
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2.金東仁と藤島武二 |
朝鮮学会(1997年10月天理大学) |
金東仁が藤島武二の弟子であった可能性が極めて小さいことを報告し、金東仁が自分を藤島の弟子に擬した理由について、藤島の絵画創作論の「単純化」が、金東仁が小説創作に必須とした「単純化」と関わりがあるのではないかと推論した。
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朝鮮学会(1999年10月天理大学) |
金東仁が小説創作論「小説作法」と「近代小説の勝利」を書くにあたって参考にしたと思われる日本書籍を調査し、それらを比較検討することで金東仁の創作論の特徴を明らかにした。 |
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朝鮮学会(2001年10月天理大学) |
洪命憙の歴史小説『林巨正』の主人公の人物像に見られる前後の不連続性の原因を作品の成立過程に求めたもの。1929年末に投獄されて執筆を中断した洪命憙は1933年に構想を練り直して連載を再開したが、そのさいにき創作方針を転換したと推論した。 |
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フランス語教育学会(2003年10月24日芦屋大学) |
新潟大学経済学部の専門科目「国際コミュニケーション」で行なっている、交流活動を中心とする学習・教育活性化のさまざまな試みを、新潟大学経済学部助教授西山教行と共同で報告した。 |
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国際韓国語教育学会IAKLE(2004年8月15日 祥明大学) |
日本の韓国語教育においては漢字の活用が非常に有効であることを指摘し、とりわけ四字熟語はアジア漢字文化圏に属する人びとの共通の宝であり、文化的な共有意識をいだくためのよい教材になりうることを主張した。 |
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朝鮮学会(2004年10月3日九州大学) |
洪命憙の歴史小説『林巨正』が未完に終わった原因の一つは、彼が小説を連載中の1932年に復刻刊行された朝鮮王朝正史『朝鮮王朝実録』を読み、小説の材源と刷るようになったことであると推論した。 |
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植民地文化学会(2008年7月12日 江東区東大島文化センター) |
朝鮮からの近代日本への留学の流れを、(1)初期、(2)甲午改革期、(3)保護条約下、(4)1910年代、(5)その後という時期区分をおこなって傾向分析し、各時期にやってきた文学者たちの個別的な事例を考察した。発表内容は、学会誌である『植民地文化研究―資料と分析』8号(2009年7月)に掲載されている。
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9.李光洙の第2次留学時代について(韓国語)
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韓国現代文学会(2008年8月22日 ソウル大学) |
「韓国現代文学と日本」というテーマで行なわれた韓国現代文学会2008年度第3回学術大会に招聘されて、李光洙が早稲田大学で『無情』を執筆しているときの状況を調査した結果を報告し、彼が当肺結核に罹患して女医の卵である許英淑と出会ったことと『無情』のストーリー展開との関連を指摘した。 |
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10.李光洙の第2次留学時代(韓国語)
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順天郷大学(2009年7月29日) |
順天郷大学人文科学研究所・ウリ文学学会共同国際学術大会に招聘されて、李光洙の第2次留学時代に関する調査報告をおこなった。 |
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11.李光洙の「民族改造論」とG・ル・ボンの『民族進化の心理学的法則』(韓国語)
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慶熙大学国際キャンパス(2010年6月25日) |
韓国研究財団基礎課題研究チームの招請で、慶熙大学比較文学研究所主催の「近代東アジアの'韓国人'認識」国際学術大会で、ル・ボンの著書の日本での受容状況および、李光洙が「民族改造論」においてル・ボンの思想とどのように向き合ったかに関する研究結果を発表した。『日本留学生作家研究』に収録。 |
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朝鮮語教育研究会第47回例会(2010年9月18日京都キャンパスプラザ) |
日本の大学における第二外国語教育の過去と現状を新潟大学における1983年から2005年までのフランス語非常勤講師の体験を交えて述たあと、NHK教育放送の韓国語講座で現在「まいにちハングル」で始めたばかりの新しい試みを発表した。 |
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13.ギュスターブ・ル・ボン学説の日本における受容様相と李光洙の「民族改造論」
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仁荷大学BK国際学会(2010年11月25日韓国仁荷大学) |
仁荷大学・上海大学・新潟県立大学共催シンポジウム「東アジア‘国際主義’の復元のために」における招請発表。 |
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延世大学BK学術大会(2011年7月29日韓国延世大学新村キャンパス) |
延世大学国文科BKに招請されて学術大会で「《三京印象記》に書かれなかったことー李光洙と山崎俊夫そして菊池寛」というタイトルで発表をした。 |
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民族文化研究所セミナー(2011年9月3日韓国忠南大学) |
民族文化研究所セミナーの招請により忠南大学で「大東亞文学者大会での李光洙発言に見る《連続性》」について発表した。 |
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春園研究学会(2011年9月24日韓国語文会館) |
春園李光洙の作品との出会いからこれまでの研究の経過を「私の李光洙研究」と題して話した。 |
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現代文学会(2011年11月3日延世大学原州キャンパス) |
韓国現代文学学会に招請され、延世大学原州キャンパスで「李光洙と日本文壇」というタイトルで発表した。 |
翻訳 |
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1.『冬の幻―韓国女性作家作品集』― |
1995年10月(朝日カルチャーセンター) |
東京外国語大学朝鮮文学研究会のメンバーによる韓国の現代女性作家の短篇翻訳集。チェ・ユンの短編「ハナコはいない」を訳出し解説をつけた。
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1997年3月(段々社) |
韓国の女性作家オ・ジョンヒ(1947〜)の3つの作品「中国人町」「不忘碑」「古井戸」を訳出し解説をつけた。
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2005年1月「朝鮮学報」194輯 pp.129-142 |
円光大学教授・金在湧教授による2004年度朝鮮学会発表報告論文の翻訳。北朝鮮文学の最近の動向と今後の南北交流に関する論文。
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2005年3月県立新潟女子短期大学研究紀要No.42pp.89-98 |
祥明大学教授姜玲珠教授が、2004年12月に早稲田大学朝鮮文化研究会でおこなった講演の翻訳。
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5.「洪命憙の両班論と『林巨正』」 |
2005年3月県立新潟女子短期大学研究紀要No.42pp.79-88 |
2003年8月にソミョン出版社(ソウル)から刊行した『韓国近代文学と日本』に掲載した論文の日本語バージョンである。
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2005年11月(平凡社) |
平凡社刊行の朝鮮近代文学選集第1巻として、1917年に毎日申報に連載されて朝鮮近代文学の嚆矢とされる李光洙の長編『無情』を訳出。底本は1925年に発行された『無情』単行本の6版本を使用した。 |
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2006年9月(平凡社) |
平凡社刊行の朝鮮近代文学選集第3巻『短編小説集 小説家仇甫氏の一日』に、李孝石の短編「都市と幽霊」を訳出した。 |
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2007年1月「朝鮮学報」2002輯pp.91-124 |
副題―崔貞熙と池河連―。韓国科学技術院人文社会科学部の李相瓊教授が第57回朝鮮学会発表を論文にまとめたもの。植民地期における民族意識と女性意識との連関性を2人の女性作家の作品を比較することで明らかにした。
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9.『夜のゲーム』
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2010年2月20日(段々社) |
呉貞姫の1979年東仁文学賞受賞短編「夜のゲーム」と1989年発表の中編「あの丘」を訳出して収めた作品集。 |
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2010年7月『植民地文化研究』9号pp.29-39 |
崔元植の論文「<東洋平和論>から見た安重根の<丈夫歌>」を訳出 |
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2011年11月(クオン) 共訳 |
韓国の若手作家キム・ジュンヒョクの短編集『楽器たちの図書館』に収められた8つの短編を吉原育子氏と共訳した |
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2011年11月(平凡社) |
平凡社刊行の朝鮮近代文学選集第5巻として、金東仁の代表的な短編「いも(甘藷)」「狂炎ソナタ」、中編小説「女人」、ドキュメンタリー「大同江の悪夢」などを訳出した。 |
講演・シンポジウム |
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1.李光洙と明治学院 |
1997年10月/明治学院大学 |
明治学院大学言語文化研究所主催「明治学院ゆかりの文学者たち」第2回講演会で、李光洙と明治学院の関わりについて講演した。内容は明治学院大学言語文化研究所発行の「言語文化」第15号(1998)に掲載されている。
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2003年10月4日/忠清北道槐山郡ファヤン青少年訓練院 |
韓国忠清北道槐山で開催された第8回洪命憙文学祭での講演。洪命憙の東京留学時代について話した。文学祭の冊子に掲載された講演内容は『忠北作家』(忠北作家会議機関紙)2004年秋号に転載されたのち、『碧初洪命憙と「林巨正」』(四季節社、2005)に収録された。日本語ヴァージョンを県立新潟女子短大紀要No.41(2004)に掲載。
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2005年11月11日/延世大学 |
「国際ペンクラブ」韓国本部主催の第12回国際文学シンポジウムで、李光洙の『無情』には近代的欲望とそれを否定するアンチ欲望という相反する2つのイデオロギーが表れていることを述べた。発表内容は、加筆整理たうえで、2006年3月の『県立新潟女子短期大学研究紀要No.43』に掲載した。
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4.『無情』を書いた頃の李光洙 (韓国語)
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2007年12月7日/ソウル大学 |
ソウル大学、ハーバード大学、ブリティッシュコロンビア大学の大学院生を対象にソウル大学で開催された第4回韓国学大学院生国際交換プログラムにおける講演。1917年に東京で『無情』を執筆しているころの李光洙について話した。講演内容は、韓国の文学雑誌『文学思想』2008年1月号に掲載された。 |
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5.韓国文学者たちの日本留学 (韓国語)
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2008年2月27日/仁荷大学 |
仁荷大学BK21事業財団の招請をうけ、同大学で開催された東アジア韓国学セミナーで、植民地時代に日本留学した韓国文学者たちについて講演した。 |
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6.絆と人間
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2008年3月8・9日/大阪女学院大学 |
大阪女学院大学の大学開放プログラム「和解への対話―東アジアに聴く・視る・識る」の第3回目の講師として、韓国文学に見る人間の絆について話した。2日目は川村湊・姜尚中・朴裕河・栗坪良樹らとトークセッションをした。 |
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2008年7月29日/東京大学本郷キャンパス |
東京大学大学院人文社会系研究科韓国朝鮮文化研究室で主催する「東京大学コリア・コロキュアム」に講師として招かれ、東京留学中に『無情』を執筆していたころの李光洙について話した。 |
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(韓国語)
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2008年11月1日/在日本韓国YMCA |
文部科学省助成研究「植民地期朝鮮文学者の日本体験に関する総合的研究」最終年度シンポジウムにおいて、これまで調査した日本留学生の動向、とくに第2次留学時代における李光洙の行動の詳細について報告し、それが『無情』にどのように反映しているかを推論した。 |
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2009年1月24日/新潟大学 |
新潟大学初修外国語特色GP第1回シンポジウム「総合大学における初修外国語教育の意義」において、「環日本海言語教育の試み」と題し、新潟女子短大で中国・韓国・ロシア語の充実した教育体制が整えられるにいたった経緯と、短期大学から4年制大学へ移行する過程で生じる課題について報告した。 |
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10.開化期から併合までの日本留学(韓国語)
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2009年7月6日/仁荷大学 |
仁荷大学BK21東アジア韓国学事業団主催の「海外碩学招聘特別講演会」で、開化期から日韓併合までの日本留学について話した。内容は油谷幸利還暦記念論文集に掲載する予定の論文にほぼ同じ。 |
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11.開化期日本留学の3つの波(韓国語)
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2009年7月15日/東国大学 |
東国大学BK21「韓国語文学における<伝承>と<翻訳>研究人力養成事業団」の<碩学招請講演会>で、開化期から日韓併合までの日本留学について話した。内容は油谷幸利還暦記念論文集に掲載する予定の論文にほぼ同じ。 |
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12.『無情』が書かれたころの日本(日本語)
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2009年7月17日/建国大学 |
建国大学校師範大学日語教育科より依頼され、近代日本文学専攻の大学院生に、李光洙が東京で『無情』を書いたころの日本の状況について話した。 |
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2010年12月3日/日韓文化交流基金 |
シリーズ講演会 日韓文化交流の<きのう・今日・明日>第3回として、李光洙の生涯を5部にわけて、代表作『無情』と関わらせながら話した。 |
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2011年1月29日/東京大学 |
東京大学UTCP「暗黒期の<日本語文学>を考えるワークショップ」で鄭百秀報告の討論者をつとめた
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2011年10月1日/天理大学 |
朝鮮学会第62回公開講演会で李光洙がどんな作家であるかということ、私がこれまで李光洙研究について得た研究結果、そして李光洙の対日協力について私が現在考えていることを話した。 |
助成研究 |
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1.近代朝鮮文学における日本との関連様相 |
1995年4月〜1998年3月
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文部省 基盤研究(C)代表者:大村益夫 分担者:白川豊・芹川哲世・布袋敏博・藤石貴代 分担:金東仁 成果報告集に「金東仁の文学にみる日本との関連様相」を執筆
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2.朝鮮近代文学者と日本 |
1999年4月〜2002年3月
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文部省 基盤研究(B)代表者:大村益夫 分担者:白川豊・芹川哲世・布袋敏博・白川春子・熊木勉・藤石貴代 分担:洪命憙 成果報告書に「洪命憙が東京で通った2つの学校―東洋商業学校と大成中学校―」を執筆 |
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3. 洪命憙の『林巨正』と『朝鮮王朝実録』 |
2003年4月〜2005年3月 |
文部省 基盤研究(C) 代表者:波田野節子 研究協力者:姜玲珠 成果論文として「『林巨正』の「不連続性」と「未完性」」を執筆 |
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2006年4月〜2009年3月 |
文部科学省 基盤研究(B)代表者:波田野節子 分担者:沈元燮・山田佳子・熊木勉・渡辺直紀・申銀珠 研究協力者:大村益夫・江種満子・南富鎮・崔元植・徐正子・姜玲珠・金哲・金榮敏・李京フン・鄭大成・岸田秀実・武井一・浦川登久恵・白川豊・芹川哲世 2009年3月に成果報告書として 『植民地期朝鮮文学者の日本体験に関する総合的研究』(青雲社 ISBN:978-89-92093-22-4)を刊行した。 |
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書評・教材・その他 |
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2004年2月 波田野研究室刊行 |
『林巨正』に使われていることわざと慣用句を抜き出し、小説の筋に沿ってどのような文脈で使われているかの用例を示した。平成15(2003)年度の科学研究費助成研究の一環として、韓国国際教育振興院の高明均氏の助力をえて冊子を作成した。同じ内容をウェッブでも公開している。 |
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2.この学習書がいい! |
2005年11月 アルク |
語学専門雑誌アルク発行のムック『韓国語のはじめ方・つづけ方』の学習書紹介コーナー「この学習書がいい!」 (p.48-p.63)を監修した。協力者:丁年姫
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2006年1月〜3月 NHK放送出版協会 |
李光洙の「スアムの日記」と金東仁の「靴」で講読教材を丁年姫・沈元燮の協力で作成し、2006年1月から3月まで放送した。 2007年1月〜3月、再放送
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2008年1月〜3月 NHK放送出版協会 |
黄順元の短編「鶴」と李廷華の随筆「懐かしい父・春園」および李炭の詩2編で講読教材を沈元燮・許慶行の協力で作成し、2008年1月から3月まで放送した。2009年10月から「まいにちハングル」で半年間にわたり再放送
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5.『韓国語ジャーナル』 コラム連載
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2006年3月〜2009年1月 アルク |
韓国語学習専門雑誌『韓国語ジャーナル』に「得する副詞」というタイトルで連載コラムを担当し、初心者むけに副詞のいろいろな使い方の紹介をおこなった。 |
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6.『統一日報」 コラム連載
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2008年7月〜2009年7月 |
在日韓国人新聞である『統一日報』に「古典と近代の間で」というタイトルで、朝鮮近代作家の生涯と作品の紹介コラムを担当した。 |
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7.『図書新聞」書評
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2009年5月9日 |
黄皙暎著 青柳優子訳 『パリデギ』(岩波書店 2008.12)の書評 |
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2009年6月25日刊行 新潮社 |
日本文藝家協会編2009年文藝年鑑の海外文学―韓国文学の項を執筆。韓国文学・研究・翻訳の現況を紹介した。 |
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9. 「波田野野先生の ちょっと上級 ステキな長文読解講座」
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2010年4月号〜2012年3月号 NHK放送出版協会 |
NHKラジオ「まいにちハングル」教本にオ・ジョンヒの文章を使った長文問題を連載。放送出演のため2010年9月から2011年3月まで中断したが、再開連載中。 |
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2010年6月30日刊行 新潮社 |
日本文藝家協会編『2010年文藝年鑑』の「海外文学―韓国文学」の項を執筆。韓国文学・研究・翻訳の現況を紹介した。 |
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2010年10月〜2011年3月NHK放送出版協会 |
キム・ジュンヒョクの短編「楽器たちの図書館」を講読教材として、2010年10月から2011年3月まで放送 |
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12.NHKラジオ「アンコール毎日ハングル講座」テキスト
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2011年9月 NHK放送出版協会 |
2011年10月より2012年3月までNHKラジオ《アンコールハングル》で「楽器たちの図書館」を再放送。テキストとして「アンコールまいにちハングル講座」刊行 |
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